ずんの日記

毒にも薬にもなりませぬ

身体と羞恥心

健康診断を終えて、歩きながら考えたことがあった。

身体というのは環境だ。自分にとって一番近い環境。

ブスでもデブでも病弱でも、好きになれなくても

一番近い環境であるだけで、本来の「自分/あなた」ではない。

わたしというのは心なのだ。物理的に心臓なのか、考えをつかさどる頭なのか

または見えない魂なのか。よくわからないけど多分、概念的には魂に近い。

とにかく、身体は環境。

よりよく一生を全うするために必要なのは環境を知って受け入れることだ。

それが、自己肯定ということになるのかもしれないけど、

とにかく、そこにあるものから、逃げても仕方ないので

知って受け入れること。

受け入れる、ってどうだったら受け入れたことになるか。

知る、だけでなく受け入れる。

平たく言うと「好きになる」なんだけど、

うっとりした感じの好きでもなくて、

ばかげていて面白いのも時には好きだし

頑張っている姿をみてはげましたくなるのも好きの一種だし。

よいところだけを肯定して好ましく思うこと以外にも

欠点すらも知って面白がれることも好きの一種だ。

欠点を笑い飛ばせるようになると、だいぶ楽になる。

シリアスな過去、嫌な思い出、嫌いな人間、信用できない人、

いつかまとめて笑い飛ばせますように。

 

フレディマーキュリーが何かのインタビューで言っていた。

「自分をさらけ出すと、傷つけられる。友達はいるけど

本当の自分を見せているわけではない。それでいいんだ。

ただ生きて、やりたいことやって死ぬよ」

みたいなことを言っていた。

孤独だけど、すごく共感できるし

ある意味すごーく救いがないけど

でも彼にはタレント(才能)があるし、それがやりたいことと合致して

それはそれで幸せな人だ。

ライブエイドの20分間になぜ泣いてしまうのか

それは自己肯定のプロセスをたどって最後にあそこで爆発するから。

「あなたの生き方は辛そうだけど、かっこいいよー!参考にするよー!」

という感じ。

私もくじけず前向いて歩こう。

与えられた環境で。

そうそう、体重5X.Xkgということを、

健康診断で目の当たりにして、3kgは痩せなきゃ

最近の疲れやすさ、肩こりは重い体のせいだとも思っているので

やせたほうがいいに決まっている。

でも、何のために?美しくいるため?長生きするため?人によくみられたい?

それより今大事なのは、銀座元楽の元ラーメンがどんな味だったか確かめること、

ワインを飲んで新しい味わいや知見に触れることだろう!(こじつけ 笑)

長生きして味わい尽くしたいものがまだまだあるな。

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人は多くを望んだりしない代わりに

よく羞恥心にとらわれ、罪悪感と戦っていると思う。

自覚はなくともそうだと思う。

 

いずみん@映画ボヘミアンラプソディーでめっちゃ泣いた人